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リスク・カウンセラー奮闘記−143
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リスク・カウンセラー奮闘記−143
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◆人間は過去も未来もなく、すべてが現在〜
1952年・NHKラジオ連続放送劇として放送された脚本家・菊田一夫氏の『君の名は』は
「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」のナレーションで始まった。 氏家真知子と後宮春樹は、戦火の中を助け合って命からがら数寄屋橋にたどり着く。お互いに名も知らぬまま半年後の再会を約束したが…。
ドラマの中のそれぞれの男女にとっては、戦火の中を命からがらくぐり抜けたことも、お互いの無事を確かめ合ったことも、半年後の再会を待ちわびて、何度ものすれ違いがあったことを知った最後に約束の数寄屋橋で出会えたのは真智子が嫁ぐ前日。忘れられないけど忘れなければと自分に誓ったとしても、それは簡単なことではない。
丸山牧夫氏の著書「声なき声との交信」で繰り返し書かれていることは、「過去も未来もなく、すべてが現在で過去にも現在にも存在し続けている。過ぎ去った出来事はなくならず、現在も存在し続ける。未来の出来事もいつかではなく今起きている出来事です。」 自分が過去において被災したことや失敗したことは忘れ得ないこととして現在があり、今の瞬間が未来を過ごしていることになる。
自分が生活する環境を変えても、人間関係を入れ替えたとしても、自分で思っている過去とは、客観的に見ればその人の現在の姿であるということになるのだろうか。
だとすると、自分の忌まわしい過去を忘れることは人間には出来ないのだ。忘れようとする気持ちが起きる時点で忘れていないと言うことなのだから…。
自己中心的な考えに立てば時間軸を己に都合良く刻むことが出来るが、他人や世間からはその人の過去も現在も未来もすべてが一つ。時間が進むという考え方は、人間が便宜的につくった概念であるとすれば、時間の概念を取り去ると、時間が経ったからと言って過去の出来事が消え去ることではないのです。
◆過去や未来は、一つの仮説に過ぎない?
事業再生や相続についての相談を受けていると、どうしても白い紙の上に一本の線を引いて目盛りを付け加える。そこに過去、現在、未来のエリアを描く。経営者のカウンセリングや過去資料からのスクリーニングをすすめ、現在と未来の状況を数枚のシートに纏め上げてく。
企業経営者には、過去、現在、未来という概念で区切ることによって、成長(または後退)の姿が分かり易く見えてくることもあるが、それを判断するのは人間です。近視眼的なとらえ方をしているのは、時には自己中心的であり、利己的な発想に流れがちであるように思えます。眼に見えるものをより詳しく観ようとし、見えないものは存在しないとし、見えるから存在していると判断するのは誤った判断基準になってしまいます。
過ぎ去った過去も「今」と連続して存在しているのだとするならば、未来は「今」そのものの姿だと感じられるように理解しなければならないようです。
自分の人生を…、自分が経営する会社を…、ぐ〜んと離れて「俯瞰的」なとらえ方をするならば、今まで見えなかったものが、観えるようになってくることがあります。
目先に観えた数量、時間、金銭、数値、上辺の言葉などに一喜一憂していた社会生活は決して正しいものではありません。それまでの基準では到底観ることができなかったものが、遠く離れてみることによって、過去、現在、未来が一体となったことによって正しく観ることが出来るはずです。
自分が他人を偏見をもって観ている事はないだろうか、厳しい言葉の中に秘められた優しい思い遣りや、深い愛情を感じて感謝しながら接しているだろうか?。
そして、観えてきた『絶望している人』に接したとき、その人の企画したことを楽しみに変えられるようにと寄り添い、実践の手伝いが出来ることが重要です。
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